厚生労働科学研究費補助金 難治性疾患政策研究事業
難治性呼吸器疾患・肺高血圧症に関する調査研究

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指定難病231
α1-アンチトリプシン欠乏症(α1-antitrypsin deficiency:AATD)

1概要
a. 定義

α1-アンチトリプシン欠乏症(α1-antitrypsin deficiency:AATD)は、α1-アンチトリプシン(AAT)の欠乏により、若年性に肺気腫を生じ、COPD(Chronic Obstructive Pulmonary Disease:慢性閉塞性肺疾患)を発症する疾患である。気管支拡張症、肝障害、蜂窩織炎などを発症する例もある。1963年にLaurelとErikssonによって最初に報告された、常染色体劣性遺伝性疾患である。病因はAAT遺伝子の変異によるが、欧米ではZ型遺伝子変異、日本では、Siiyama型変異が多い。正常MMホモ接合体の血清AAT濃度に比し、MZヘテロ接合体は、約60%、SZヘテロ接合体は、約40%のAATレベルとされている。従来は、AAT欠損症と呼称されたが、プロテアーゼ/アンチプロテアーゼバランス不均衡仮説から考慮すれば、肺の防御因子であるAATの減少はCOPD発症素因になりうるため、AAT欠乏症と呼称することとする。

b. 疫学

欧米では約5,000人に1人の頻度とされるが、日本ではAATDの有病率は著しく低く、呼吸不全に関する調査研究班と日本呼吸器学会が共同で行った全国疫学調査では、1,000万人あたり2.03 – 2.08人(95%信頼区間)であった。

c. 病因・病態

常染色体劣性遺伝性疾患であるが、原因遺伝子変異に加え、AATDの臨床像に強く関与する因子として喫煙がある。若年でCOPDを発症するAATD患者のほとんどは喫煙者であり、禁煙は通常、病状を安定化させる。一方、非喫煙者のAATD患者では肺疾患が明らかではない場合もあり、また、COPDを発症する場合でもその発症年齢は遅れる。AATDの肺疾患の臨床像は多様であり、例えば、喫煙者のAATD患者でも肺疾患の進行はかなり個人差がある。肺病変は通常、肺気腫であるが、肺気腫をほとんど認めずに気管支拡張症を呈する症例もある。肺気腫の原因としては、AAT遺伝子異常を含む遺伝的素因、喫煙や有害粒子の吸入による気道や肺の炎症反応の増強、プロテアーゼ・アンチプロテアーゼ不均衡、オキシダント・アンチオキシダント不均衡などが関係している。AATの減少は、プロテアーゼ優位に傾き、エラスターゼを主としたプロテアーゼにより肺胞を構成する主要な結合組織であるエラスチンが破壊され、気腫性病変の形成に至りうると考えられる。AATD患者がCOPDを発症するには、受動喫煙を含めたタバコ煙や有害粒子の吸入曝露の影響は無視できない。しかし、明らかな曝露歴のないAATD患者にもCOPDは発症しうるため、その発症には遺伝子変異によるAAT欠乏の影響が環境要因より遙かに大きいと考えられ、この点で通常のCOPDとは大きく異なる病態である。

d. 症状

主な症状は、労作時呼吸困難、慢性の咳嗽・喀痰であるが、本症に特異的な症状はない。若年者でCOPDを発症している場合、職業性曝露のない非喫煙者で肺気腫(特に下肺野優位)を認める場合、COPDや原因不明の肝硬変の家族歴がある場合、皮下脂肪織炎の患者、黄疸または肝酵素の上昇がある新生児、原因不明の肝疾患を有する場合などに本症を疑う。

e. 治療

タバコ煙や有害粒子の吸入曝露をしないことがまず重要である。COPDを発症している場合には、気管支拡張剤を中心とした薬物療法などCOPDの治療と管理のガイドラインに準じた治療を行う。重症例では、肺移植も選択肢の一つである。海外ではAAT補充療法が行われているが、わが国ではAAT製剤は未承認薬である。

f. ケア

受動喫煙など有害粒子の吸入曝露を避け、特にCOPDを発症している場合には、感冒などの感染予防に努める。

g. 食事・栄養

COPDを発症している場合には、COPDの治療と管理のガイドラインに準じた栄養療法を行う。

h. 予後

予後については、一般的には進行が早く、呼吸不全が死因になる可能性が高いとされるが、日本人のAATD患者の予後について十分な検討はなされていない。

2診断
① 診断基準
A. 症状(発症年齢、発症要因)
  1. 労作時息切れ
  2. 喫煙の影響をその発症要因からはほぼ外すことが可能であり、55歳未満で発症
B. 検査所見
  1. 呼吸機能所見:気管支拡張薬吸入後でもFEV1/FVC(一秒率)< 70%
  2. 胸部画像所見
    閉塞性換気障害の発症に関与すると推定される気腫病変、気道病変
  3. 血清α1-アンチトリプシン濃度
    α1-アンチトリプシン欠乏症は血清α1-アンチトリプシン濃度 < 90 mg/dl(ネフェロメトリー法)と定義され、軽症(血清AAT 50 – 90 mg/dl)、重症(血清AAT < 50 mg/dl)、の2つに分類される。AATD類縁肺疾患は、血清α1-アンチトリプシンの値はこの基準を満たさないが、未知の遺伝的素因により閉塞性換気障害を起こすと考えられ、今後の研究課題である。
C. 鑑別診断
  • 以下の疾患を鑑別する。
    通常のCOPD、気管支喘息、びまん性汎細気管支炎、閉塞性細気管支炎、気管支拡張症、肺結核後遺症、塵肺症、リンパ脈管筋腫症、ランゲルハンス細胞組織球症
D. 遺伝学的検査
  1. α1-アンチトリプシン(AAT)遺伝子
  2. 閉塞性換気障害の発症に関与していると推定される遺伝子変異
 診断のカテゴリー

Definite:症状(A-1, 2)+検査所見(B-1, 2, 3)を満たし、鑑別診断(C)の鑑別すべき疾患を鑑別しえたものであり、検査所見(B-3)の血清α1-アンチトリプシンの値が重症(血清AAT < 50 mg/dl)

Probable:症状(A-1, 2)+検査所見(B-1, 2, 3)を満たし、鑑別診断(C)の鑑別すべき疾患を鑑別しえたものであり、検査所見(B-3)の血清α1-アンチトリプシンの値が軽症(血清AAT 50 – 90 mg/dl)

Possible(AATD類縁疾患):症状(A-1.2)+検査所見(B-1.2)を満たし、鑑別診断(C)の鑑別すべき疾患を鑑別しえたもの。血清α1-アンチトリプシンの値は基準を満たさないが、閉塞性換気障害の発症に関与していると推定される遺伝子異常を有するもの。

② 重症度分類

血中のAAT濃度に加えて、自覚症状(mMRC質問票)、動脈血液ガス、呼吸機能検査(スパイロメトリー)の所見を合わせて総合的に判断します。

重症度 自覚症状 動脈血液ガス分析 呼吸機能検査 血液検査
  息切れの程度 PaO2 %FEV1 血清α1-AT濃度
1 mMRC ≥ 1 PaO2 ≥ 80 Torr %FEV1 ≥ 80%  
2 mMRC ≥ 2 PaO2 ≥ 70 Torr 50% ≤%FEV1 < 80% 50~90 mg/dL (ネフェロメトリー法)
3 PaO2 > 60 Torr 30% ≤%FEV1 <50%
4 mMRC ≥ 3 PaO2 ≤ 60 Torr %FEV1 < 30% < 50 mg/dL (ネフェロメトリー法)
注) 自覚症状、動脈血液ガス分析、呼吸機能検査の項目の中で、最も重い重症度基準を満たすグレードを選択して、全体の重症度とする。血清α1-AT濃度が表の基準を満たす場合は、他の項目の値に係らず、重症度を決める。自覚症状、血液検査が2又は3の場合は他の項目で判断する。
注:mMRC質問票(息切れを評価する修正MRC分類グレード)
  1. 激しい運動をした時だけ息切れがある
  2. 平坦な道を早足で歩く、あるいは緩やかな上り坂を歩く時に息切れがある
  3. 息切れがあるので、同年代の人よりも平坦な道を歩くのが遅い、あるいは平坦な道を自分のペースで歩いている時、息切れのために立ち止まることがある。
  4. 平坦な道を約100m、あるいは数分歩くと息切れのために立ち止まる
  5. 息切れがひどく家から出られない、あるいは衣服の着替えをする時にも息切れがある
3治療 治療指針

COPDを発症していない場合には、喫煙をしない、有害粒子の吸入曝露をしないことが重要である。禁煙には、禁煙指導や禁煙補助薬による薬物療法も考慮される。COPDを発症している場合には、COPDの治療と管理のガイドラインに準じた治療を行う。すなわち、安定期では禁煙、インフルエンザワクチン、全身併存症の管理を行いつつ、重症度を総合的に判断し、呼吸リハビリテーション、気管支拡張剤を中心とした薬物療法、酸素療法、補助換気療法、外科療法などを選択する。適応基準を満たせば、肺移植は重要な治療選択肢の一つである。
 海外ではAATDに対してAAT補充療法が行われ、CT画像上の気腫病変進行抑制効果が報告されている。わが国ではAAT製剤は未承認薬であるが、希少難病であるAATDの特異的治療薬として承認されることが望まれている。

4鑑別診断

鑑別すべき疾患として、通常のCOPD、気管支喘息、びまん性汎細気管支炎、閉塞性細気管支炎、気管支拡張症、肺結核後遺症、塵肺症、リンパ脈管筋腫症、ランゲルハンス細胞組織球症があげられる。また、血清AATは、ネフローゼ症候群、肝硬変、蛋白漏出症など他の原因で二次的に減少しうるので、これらの病態は除外することが必要である。

5最近のトピックス

通常のCOPDとは異なる疾病であり、喫煙の影響をその発症要因としては、ほぼ考慮から外せる疾病である。2016年度「α1-アンチトリプシン欠乏症診療の手引き」を、呼吸不全に関する調査研究班/日本呼吸器学会が作成した。また、AATDの全国疫学調査を施行した。

アルファ1アンチトリプシン欠乏症の日本における全国疫学調査

Seyama K, Hirai T, Mishima M, Tatsumi K, Nishimura M; Respiratory Failure Research Group of the Japanese Ministry of Health, Labour, and Welfare. A nationwide epidemiological survey of alpha1-antitrypsin deficiency in Japan. Respir Investig 54(3): 201-206, 2016. Respir Investig. 2016 May;54(3):201-6. doi: 10.1016/j.resinv.2015.12.002. Epub 2016 Jan 19.

研究要旨

α1アンチトリプシン(Alpha1-antitripsin; AAT)欠損症(AAT deficiency; AATD)は,AATがほとんどもしくは全く血清中に存在しない状態である.日本では極めて稀な疾患と信じられているが,全国的な疫学的調査は行われてこなかった.呼吸不全版と日本呼吸器学会(Japan Respiratory Society; JRS)は協同して日本におけるAATDの疫学的調査を実施した.
 質問紙を200床以上の病床数を持つ1598の病院に郵送し(精神科病院は除く),JRSの会員にはEメールにより質問紙を送付した.返信のなかった病院については電話で結果を追跡した.
 1467の病院(返答率= 91.8% (1467/1598) )と114会員から返答があり,14家族の発端者が10病院と1開業医から登録された.うち9人は重症AATDで5人は中等症AATDであった.AATDとともに診断されている呼吸器疾患の内訳は,11人が慢性閉塞性肺疾患(Chronic Obstructive Lung Disease; COPD),1人がCOPDと気管支拡張症,1人が気流閉塞のない肺気腫,残りの1人が気流閉塞のない気管支拡張症であった.SERPINA1遺伝子変異検索は7症例に行われており,そのうち6症例(85.7%)がSiiyamaホモ接合型であった.本調査結果からの統計学的な日本でのAATD有病率は,95%信頼区間で24人となる.AATDに対する追加治療が自身の患者に対して必要か否かの質問については,10病院中の6人の内科医(60%)が健康保険で保障されるのであれば行うと肯定的に答えている.
 今回の全国的な調査により,日本におけるAATDが非常に稀な疾患であると明らかになった.治療にあたっている10人の内科医のうち6人が,健康保険でカバーされるのであれば追加治療を提供すると返答した.

6本疾患の関連資料・リンク

2016年度「α1-アンチトリプシン欠乏症診療の手引き」(日本呼吸器学会HPに掲載、現時点では会員のみダウンドード可能)