肺静脈閉塞症(pulmonary veno-occlusive disease, PVOD)は極めて稀な疾患である。特発性肺動脈性肺高血圧症とは異なる疾患であり、治療に抵抗性で非常に予後不良である。病理組織学的には肺内の静脈が主な病変部位であり、肺静脈の内膜肥厚や線維化等による閉塞を認める。肺毛細血管腫症(pulmonary capillary hemangiomatosis:PCH)は病理組織学的に肺胞壁の毛細管増生を特徴とするが、両疾患ともに肺内の静脈閉塞を生じ、肺静脈中枢側である肺動脈の血圧(肺動脈圧)の持続的な上昇を来たすことになる。そのため、臨床的には両者の鑑別は困難である。さらに病態的には他の肺動脈性肺高血圧症(pulmonary arterial hypertension: PAH)と類似しており、一般内科診療において臨床所見からだけでは PVOD/PCH を疑うことは困難である。
PVOD/PCHの新規認定には肺動脈性肺高血圧症(PAH)と同様の右心カテーテル検査所見、すなわち、肺動脈平均圧 ≥ 25 mmHg、肺血管抵抗 ≥ 3 Wood Unit(240 dyne ・sec ・cm-5)、肺動脈楔入圧は正常(左心系の異常はない)であることが必須である。さらに、肺血流シンチグラムにて亜区域性の血流欠損、または正常の所見が必要である。認定の際に参考とする所見はPAH同様に、心エコー検査で推定肺動脈圧の著明な上昇および右室拡大所見を認めること、胸部X線検査で肺動脈本幹部の拡大を認めること、心電図で右房/右室負荷所見を認めることである。左心系疾患による肺高血圧症、呼吸器疾患による肺高血圧症、慢性血栓塞栓性肺高血圧症を除外し、さらにはPAHのなかで特発性または遺伝性肺動脈性肺高血圧症、膠原病に伴う肺動脈性肺高血圧症、先天性シャント性心疾患に伴う肺動脈性肺高血圧症、門脈圧亢進症に伴う肺動脈性肺高血圧症、HIV感染に伴う肺動脈性肺高血圧症、薬剤/毒物に伴う肺動脈性肺高血圧症、その他の肺動脈性肺高血圧症を除外する必要がある。認定の更新時には、肺高血圧の程度が新規申請時より軽減していても、肺血管拡張療法などの治療が必要な場合は継続を認める。
「呼吸不全に関する調査研究班」による調査(特定疾患例の約2/3の症例の解析)では、PVOD/PCHの認定患者数は11名(2013年度)である。しかし特発性PAHと診断された症例の5~10%がPVODとの報告があり、その報告では特発性PAHは860人と報告されていることより、日本には潜在的に約43~86人のPVOD症例が存在することになる。また別の報告では有病率0.1~0.2人/100万人とされており、日本の人口を1憶2千5百万人とすると約12.5~25.0人が存在することになる。現在正確な有病率は把握されていない。
現時点ではPVOD/PCHの原因は不明である。ほとんどの症例が孤立性であるが、家族内発症の報告例もある。最近の報告では、両者は遺伝的に類縁疾患であることが示唆されている。特にEIF2AK4(eukaryotic translation initiation factor 2 - kinase 4)変異は両疾患において家族発症例での関与が示唆されている。
病理学的にみると、PVODでは肺静脈の内膜肥厚や線維化等による閉塞を認め、PCHでは肺胞壁の毛細管増生による静脈閉塞を認める。しかし何故このような肺血管リモデリングが生じるかは未だ不明である。また、全身性強皮症など膠原病疾患の一部や慢性血栓塞栓性肺高血圧症で病理学的に肺静脈病変が報告されているが、PVOD/PCHとは異なる病態と考えるべきである。現在、原因の解明に向けて呼吸不全に関する調査研究班では研究を継続している
肺高血圧に伴う進行性の非特異的症状である。症状はPAHと類似するためPAHの項を参照されたいが、安静時および労作時低酸素血症がPAHよりも顕著である。労作時の息切れ、慢性の咳嗽、下肢の浮腫、胸痛、労作時の失神などが生じる。低酸素血症に伴い、ばち状指なども時に認められる。
本症の原因が明らかではないため、疾患の進行を阻止できる治療はなく対症療法が主体である。安静、禁煙が必要であり、妊娠も症状を悪化させる。利尿薬に加え、選択的肺血管拡張薬(プロスタグランディン系製剤 (PGI2、エポプロステノロールなど)、ホスホジエステラーゼ5阻害薬(PDE-5 Inhibitor)、エンドセリン受容体拮抗薬(ERA))などが投与されるが、肺血管拡張薬による肺水腫惹起の危険性があるため、十分な管理下での使用が望まれる。さらに一時的な効果が認められた場合でも長期的には効果が限定され、現時点では肺移植のみが完治療法である。治験的に投与されたイマチニブの有効例も報告されているが、これについては今後のさらなる検討課題である。
PVOD/PCHとPAHは共に肺動脈の血流障害が生じ、右心室の後負荷により右心肥大を生じる病態である。最終的に右室が機能障害に陥ると右心不全となり生命予後を規定する因子となる。この右心機能低下を回復させる、ないしは進行を遅らせる治療法が「肺血管拡張療法」「在宅酸素療法」になどである。PVOD/PCHの病態進行はPAHより明らかに早く選択的肺血管拡張薬の効果も限定されるが、基本的なケアはPAHに準じる。専門医とよく相談をして、ケアを継続する必要がある。
水分や塩分の摂政を含めた食事・栄養指導は、常に右心負荷を考慮して実行するべきである。
選択性肺血管拡張薬などによる治療に抵抗性であり、死亡まで2〜3年との報告もある。唯一の根治的治療は肺移植であるが、我が国では慢性的にドナーが不足しており、多くの患者が移植前に死亡している。
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- 右心カテーテル所見が肺動脈性肺高血圧症(PAH)の診断基準を満たす新規申請時の右心カテーテル検査所見
(a) 肺動脈圧の上昇(安静時肺動脈平均圧で25 mmHg 以上、肺血管抵抗で3 Wood Unit、240 dyne・sec・cm-5以上)
(b) 肺動脈楔入圧(左心房圧)は正常(15mmHg 以下) - PVOD/PCHを疑わせる胸部高解像度CT(HRCT)所見(小葉間隔壁の肥厚、粒状影、索状影、スリガラス様影(ground glass opacity)、縦隔リンパ節腫大)があり、かつ間質性肺疾患など慢性肺疾患や膠原病疾患を除外できる
- 選択的肺血管拡張薬(ERA、PDE5 inhibitor、静注用PGI2)による肺うっ血/肺水腫の誘発
- 右心カテーテル所見が肺動脈性肺高血圧症(PAH)の診断基準を満たす新規申請時の右心カテーテル検査所見
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- 安静時の動脈血酸素分圧の低下 (70 mmHg以下)
- 肺機能検査:肺拡散能の著明な低下(%DLco < 55%)
- 肺血流シンチ:亜区域性の血流欠損を認める、または正常である
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- 気管支肺胞洗浄液中のヘモジデリン貪食マクロファージを認める
- 男性に多い
- 喫煙歴のある人に多い
- 以下の疾患を除外する。
特発性PAH、遺伝性PAH、薬物/毒物誘発性PAH、各種疾患に伴うPAH(膠原病、門脈圧亢進症、先天性心疾患など)、呼吸器疾患に伴うPHおよびPAH、慢性血栓塞栓性肺高血圧症
- 以下の「診断確実例」および「臨床診断例」を指定難病の対象とする。
更新時は主要項目①で右心カテーテル検査の代わりに心エコー検査所見で認める。
なお、「PVOD/PCH疑い例」は、基本的にPAHで申請することとする。
- ・ 主要項目①② + 病理診断例
- 下記基準のいずれかを満たすものとする
- ・ 主要項目①② + 主要項目③ + 副次項目のうち二項目以上
- ・ 主要項目①② + 副次項目全て
- ・ 主要項目①② + 副次項目のうち一項目
- PVOD:末梢肺静脈(特に小葉間静脈)のびまん性かつ高度(静脈の30~90%)な閉塞所見あり
PCH:肺胞壁の毛細管様微小血管の多層化および増生。さらにPVODに準じた末梢肺静脈病変を認める場合もあり
肺動脈性肺高血圧症の重症度分類に準じる。
Stage3以上を対象とする。
肺高血圧機能分類を以下に記載する。
- Ⅰ度:通常の身体活動では無症状
- Ⅱ度:通常の身体活動で症状発現、身体活動がやや制限される
- Ⅲ度:通常以下の身体活動で症状発現、身体活動が著しく制限される
- Ⅳ度:どんな身体活動あるいは安静時でも症状発現
- Ⅰ度:身体活動に制限のない肺高血圧症患者
- 普通の身体活動では呼吸困難や疲労、胸痛や失神などを生じない。
- Ⅱ度:身体活動に軽度の制限のある肺高血圧症患者
- 安静時には自覚症状がない。普通の身体活動で呼吸困難や疲労、胸痛や失神などが起こる。
- Ⅲ度:身体活動に著しい制限のある肺高血圧症患者
- 安静時に自覚症状がない。普通以下の軽度の身体活動で呼吸困難や疲労、胸痛や失神などが起こる。
- Ⅳ度:どんな身体活動もすべて苦痛となる肺高血圧症患者
- これらの患者は右心不全の症状を表している。
- 安静時にも呼吸困難および/または疲労がみられる。
- どんな身体活動でも自覚症状の増悪がある。
(新規申請時)
新規申請時 | 自覚症状 | 平均肺動脈圧(mPAP) | 心係数(CI) | 肺血管拡張薬使用 |
Stage 1 | WHO-PH/NYHA I~II | 40 > mPAP ≥ 25 mmHg | 使用なし | |
Stage 2 | WHO-PH/NYHA I~II | mPAP ≥ 40 mmHg | 使用なし | |
Stage 3 | WHO-PH/NYHA I~II | mPAP ≥ 25 mmHg | 使用あり | |
WHO-PH/NYHA III~IV | mPAP ≥ 25 mmHg | CI ≥ 2.5 L/min/m2 | 使用の有無に係らず | |
Stage 4 | WHO-PH/NYHA III~IV | mPAP ≥ 25 mmHg | CI < 2.5 L/min/m2 | 使用の有無に係らず |
Stage 5 | WHO-PH/NYHA IV | mPAP ≥ 40 mmHg | 使用の有無に係らず | |
PGI2持続静注・皮下注継続使用が必要な場合は
自覚症状の程度、mPAPの値に関係なくStage 5 |
自覚症状、mPAP、CI、肺血管拡張薬使用の項目すべてを満たす最も高いStageを選択
なお、選択的肺血管拡張薬を使用したため病態が悪化し、投薬を中止した場合には、肺血管拡張薬の使用がなくても、Stage 3以上とする(登録時に、過去の肺血管拡張薬使用歴を記載すること)。
(更新時)
更新時 | 自覚症状 | 心エコー検査での三尖弁収縮期圧較差(TRPG) | 肺血管拡張薬使用 |
Stage 1 | WHO-PH/NYHA I~III | TRPG < 40 mmHg または、有意なTRなし |
使用なし |
Stage 2 | WHO-PH/NYHA I, II | TRPG ≥ 40 mmHg | 使用なし |
WHO-PH/NYHA I | TRPG < 40 mmHg または、有意なTRなし |
使用あり | |
Stage 3 | WHO-PH/NYHA I~II | TRPG ≥ 40 mmHg | 使用あり |
WHO-PH/NYHA III | TRPG ≥ 40 mmHg | 使用の有無に係らず | |
WHO-PH/NYHA II, III | TRPG < 40 mmHg | 使用あり | |
Stage 4 | WHO-PH/NYHA II, III | TRPG ≥ 60 mmHg | 使用の有無に係らず |
WHO-PH/NYHA IV | TRPG < 60mmHg | 使用の有無に係らず | |
Stage 5 | WHO-PH/NYHA IV | TRPG ≥ 60 mmHg | 使用の有無に係らず |
PGI2持続静注・皮下注継続使用が必要な場合は WHO-PH分類、mPAPの値に関係なくStage 5 |
自覚症状、TRPG、肺血管拡張薬使用の項目すべてを満たす最も高いStageを選択
なお、選択的肺血管拡張薬を使用したため病態が悪化し、投薬を中止した場合には、肺血管拡張薬の使用がなくても、Stage 3以上とする(登録時に、過去の肺血管拡張薬使用歴を記載すること)。
- ・ stage3以上では少なくとも2年に一度の心カテによる評価が望ましい。しかし、小児、高齢者、併存症の多い患者など、病態により心カテ施行リスクが高い場合は心エコーでの評価も可とする。
- ・ 正確ではないが、TRPGの40mmHgは、mPAPの25 mmHgに匹敵する。TRPGの60mmHgは、mPAPの40mmHgに匹敵する。
※なお、症状の程度が上記の重症度分類等で一定以上に該当しない者であるが、高額な医療を継続することが必要な者については、医療費助成の対象とする。
PVOD/PCHの病態は未だ不明であり、肺動脈性肺高血圧症(PAH)に効果が認められている選択的肺血管拡張薬の効果は限定される。基本的には肺移植のみが唯一の根治治療であるが、我が国ではドナーが不足しており移植を待たずして不幸な転機をたどる患者が多い。短期的には、移植までに状態を安定させるため選択的肺血管拡張薬が使用される場合がある。
鑑別診断のためのアプローチ方法を図で示す。PAHと同様である。
図. 肺高血圧症の診断アプローチ
BGA:動脈血液ガス分析、RHC:右心カテーテル検査、PAWP:肺動脈楔入圧、PVR:肺血管抵抗、PEA:肺動脈血栓内膜摘除術(Definitions and diagnosis of pulmonary hypertension. (M. Hoeper, et al.) J Am Coll Cardiol 62(Suppl), D42-50, 2013.より引用、日本語翻訳)
- 上記臨床診断基準の主要項目、副次的項目、参考所見を満たさないことを確認
- それぞれの膠原病の診断基準に合うかどうかをチェック
- 心臓エコー検査でシャント性心疾患の有無をチェック
- 腹部エコー検査で門脈圧亢進症を示唆する所見があるか否かをチェック
- 血液検査でHIVが陽性か否かをチェック
- 服薬歴をチェック
- 心臓エコー検査で左心系疾患をチェック
- 呼吸器疾患が基礎疾患としてあるか否かをチェック
- 肺血流スキャンで、区域性欠損があるか否かをチェック
- サルコイドーシス、ランゲルハンス細胞組織球症、リンパ脈管筋腫症、大動脈炎症候群、肺血管の先天性異常、肺動脈原発肉腫、肺血管の外圧迫などによる二次的肺高血圧症を除外する。
肺静脈閉塞症(PVOD)の診断基準確立と治療方針作成のための統合研究班(植田初江、他).
大郷恵子、植田初江、大郷剛. 肺動脈性肺高血圧症および肺静脈閉塞症/肺毛細血管腫症の病理―最近の知見からー. 日本呼吸器学会誌 2014;3:471-477.